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Mamoru Oshii (3/4)

押井守(おしい・まもる) 映画監督
Ghost in the Shell

珊瑚礁の寿命

東京という都市は珊瑚礁によく似ている、と押井監督は言う。

なるほど、珊瑚のほとんどは死骸である。生きているのは、表面に固着し寄生している珊瑚虫だけだ。珊瑚虫の仲間であるイソギンチャクが一匹ずつ独立して生きているのとは違って、珊瑚虫は群れている。それも、固まって群れている。やがて分裂し、増殖しても、互いにぴったりくっついて離れない。そして、群れながらも一斉に死ぬことはなく、順次死んでいく珊瑚虫の骨が積み重ねられてできた「死骸の城」に、珊瑚虫たちは寄生しているのだ。

「東京に住んでいる人間たちというのは、珊瑚のなかにいる珊瑚虫たちと一緒で、都市に寄生しているだけ。街は単なる宿主であって、自分の体の一部ではないと思っている。だから誰も本気で東京という街を大切にはしない。守ろうともしない。」

Nihonbashi

「しかし、本来都市というのは、世界史的に見ても、文化の実体そのもののはず。すべてがその場所に実体化されている、もちろん記憶も含めてね。だから、本当はそこに住む人間が自分の体と同じように、一体なにをどう大切にしていくのかを真剣に考えなければ、その街を愛していることにはならない。」

「文明は、都市として始まり、都市として終わる。都市と自然という対比をするなんて発想は、もうとっくに成り立たなくなっていて、都市に住む人間にとってはなじみすぎて自然環境みたいなものになってしまっている。じゃあ、なんで人は都市を造るのか、なんで都市にこれだけの人間が住んでいるのかっていうことを考える。それが文化の実体である都市を、全体的に捉えることなんだと思う。でも、東京にそういう住人は少ない。」

日本人として、東京という都市をどう考えるのか。それは同時に、日本という国をどう考え、どう守るつもりなのかという問いにも繋がるだろう。便利で豊かならばそれでいい、という価値観だけでは、本当に危うい都市、危うい国になってしまうのではないか ———。それは他の誰もない、そこに住む日本人たち自身が、今こそあらためて本気で考えるべきことなのだ。

「一国の首都というのはどのような機能を持つべきなのか。もっと言えば、大きな災害が起きたり、核兵器で攻撃されたりしても、首都としての機能だけは維持できるのかとか、そういう根本的な問題がある。もちろん技術的な問題だけを突き詰めるのではなくて。それ以前の話として、日本人は都市のありかたを一体どう考えているのか、という。僕には本気で考えているようには思えない。」

「都市を政治的に、軍事的に、そして文化的に、包括的に捉えるということが重要なのであって、それぞれのことを縦割りに考えたって意味がない。すべては互いに、密接に関わっているから。僕が、都市を軍事的な側面からよく語ってきたのも、現在の都市の捉え方に対するアンチテーゼにしかすぎないのであって、単に利便性だけを考えるととんでもないことになるよ、ということを言いたかっただけの話。軍事的に語れば、すべてが見えてくるというわけでもない。」

Nihonbashi2

「都市には情緒というものも当然必要。日本橋からゆったり川を眺める情緒を楽しむ文化を選ぶのか、日本橋の上を覆う高速道路を下から見上げる方を選ぶのか、というのはある意味象徴的な問題であって、だからこそ、僕は(後者である現在の)日本橋に、映画の中でミサイルを真っ先に打ち込んでみせたわけであって。そういう意味で、都市を考える行為や視点自体を、あらたに捉え直して行かないと、本当の意味で都市について考えていることにはならない。」

アンチテーゼとしての破壊。人間の衝動には、 何かを激しく痛めつけ、壊してしまいたいという欲求の裏にいつも、愛するがゆえに失いたくないものへの複雑な執着がつきまとう。東京という街が、日本という母国が、いつのまにか見知らぬ巨大な珊瑚礁の塊と化してしまう前に、みんな眼を覚ませ。そんな思いが、彼の破壊行為には込められているのかもしれない。

「アニメーションのような限られた文化のなかで言えば、都市というのは常に破壊する対象としてあり続けた。昔から、現在にいたるまで。いまだにやってる。僕もさんざんやったけど。AKIRAみたいに超能力で無に帰すのか、僕みたいに戦闘ヘリ三機で象徴的に破壊して回るのか、っていう違いはあるにしても、それは全部同じことなんですよ。」

「要するに、みんな本当は都市が好きなのか嫌いなのか、はっきりさせれば?っていうこと。それは、自分の体が好きなのか嫌いなのかを問うことと同じ。もし嫌いなんだったら、愛すべき体に作り替えるしかないじゃない。どんな体だったら自分を愛せるのか自分に聞いてみろ、っていうこと。 そういう事を思い描けない限りは、言ってみれば寄生虫的な愛し方しかできない。僕には、今の東京を作り替えていく人達がどういうイメージをもって街作りをしているのか、さっぱりわからない。」

「選挙でアタマを変えれば世の中が変わると思ってる人がいるかもしれないが、船長を変えてみたって、もう舟そのものを変えなきゃどうにもならないんだよ。例えば、蒸気船だったら蒸気船のスピードでしか進まないのだし、帆船だったら時には風に逆らって進むこともできるけど、蒸気船だと石炭がなきゃどこにも行けないとか。そういうどっちの不自由を忍ぶべきなのかっていう問題を考えないまま、船長変えろと言っても仕方ない。そういう根本的な事を言える人間が本当に少なくなったね。」

珊瑚には、事実上の寿命というものがない。しかし下手をすると、 生きているのか、死んでいるのかもわからない状態が数千年もの間続くことがあるという。 私たちはこの街を、この国を、壊したいのか、造りたいのか。人間たちの珊瑚礁にも、そろそろはっきりさせる時がきているみたいだ。

(取材•文 飯干真奈弥)

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